大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)433号 判決

上告人

伊藤君代

小野美智子

高橋和晃

高橋悦代

右四名訴訟代理人弁護士

松本治雄

被上告人

伊藤智恵子

右訴訟代理人弁護士

近藤繁雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てを却下する。

理由

上告代理人松本治雄の上告理由について

相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと解するのが相当である。上告人らは、上告人ら及び被上告人がいずれも亡伊藤泰次の相続人であるとして、その遺産分割前に、相続開始時にあった相続財産たる金銭を相続財産として保管中の被上告人に対し、右金銭のうち自己の相続分に相当する金銭の支払を求めているところ、上告人らの本訴請求を失当であるとした原審の判断は正当であって、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて

第一審において仮執行宣言付給付判決の言渡しを受けた者が、控訴審で民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てをすることなく、第一審の本案判決変更の判決の言渡しを受け、これに対して相手方が上告した場合には、被上告人は、上告裁判所に対して右申立てをすることができない(最高裁昭和五四年(オ)第六九八号、第七七〇号同五五年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号一〇二頁)。したがって、本件申立ては不適法として却下すべきである。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

上告代理人松本治雄の上告理由

第一 控訴裁判所は、被相続人伊藤泰次がその死亡時に所有していた現金は、被相続人の死亡により他の動産、不動産とともに相続人等の共有財産となり、相続人等は、被相続人の総財産(遺産)の上に法定相続分に応じた持分権を取得するだけであって、債権のように相続人等において、相続分に応じて分割された額を当然に承継するものではないとしているが、遺産中現金はつぎの理由により、当然に分割されると解すべきであり、この点についての控訴裁判所の判決は、民法の解釈を誤った違法なものである。

一 すなわち民法は、八九八条で、相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する、とし、八九九条で、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する、と規定している。

これを文理的に解釈すれば次のようになる。

一物一権主義をとり、集合物の上に物権の成立を認めない我国の民法のもとでは、相続財産を構成する個々の物の上に、相続人各自の相続分を持分とする共有が成立し、債権、債務については、多数当事者の債権、債務関係が成立し、他の権利については準共有が成立する、ことになると。

二 このような理解を前提としつつ、民法九〇九条が定める、遺産分割の遡及効、但書が定める、この遡及効からの第三者の保護、を考慮して、右の共有、準共有、多数当事者の債権、債務関係を合有的に理解すべきかどうかについて、議論の絶えないことについては周知のことである。

判例は、もっとも文理的で、この共有は民法二四九条以下に規定する共有であり、債権、債務については、民法四二七条以下をそのまま適用している。したがって、債権の内容が可分であるときは、債権は分割されて各相続人に帰属するとしている。

三 ところで、金銭そのものについてはどう理解することになるであろうか。これを論じたものもないし、これについて判例もない。

形式的、文理的に理解すれば、金銭は物であるからそのものの上に共有が成立する、あるいは、金銭は特殊な物であるから準共有が成立するということになろうか〔末川「貨幣とその所有権」は金銭は特殊な動産であることを力説する「民法論集」所収〕。

四 遺産のなかの金銭をそのように理解することは妥当であろうか。上告代理人は決して妥当なものではないと考えるものである。その根拠を次に述べてゆく。

第一に、死亡の直前に被相続人が金銭を第三者に預ければ金銭債権となり、それは可分債権であるから、相続開始とともに各相続人に相続分に応じて分割されて帰属することになる。

したがって、各相続人は第三者に請求すれば金銭そのものが各相続人の手の中に入ることになる。それに反して、金銭のままだと、その上に共有ないし準共有が成立し、分割請求をしなければ金銭を手にすることはできない。均衡を失するものと考えなければならない。金銭については、それが相続の開始によって当然に分割されるものであると考えれば、この不均衡はなくなる。

第二に、遺産分割に関する調停の実務では、金銭については、各相続人の相続分に応じて分割することが多いとされているし、香典については、調停では同じように取り扱われている。

このことは、相続財産のなかの金銭については当然に分割されて帰属するものと考えている相続人の考えに沿う措置であると考えてよい。相続によって金銭が分割されると解することはむしろ市民の意思に沿うものである。

第三に、可分な債権は分割して帰属するとする判例の立場に立っても、金銭は他の動産と異なり、それ自体を利用するものでない点で特殊な動産であり、預金債権と同視してもおかしくはないのだから、分割して帰属すると解しても決して不合理ではない。

第四に、共有ないし多数当事者の債権・債務関係という法律関係は、なるべき早く、あるいは直ちに単独の所有、あるいは権利者の形にするようになっている。そうだとすれば、相続と同時に各相続人に分割されるとすることは、法のあるべき姿にもっとも近い。

第五に、遺産分割にあたって、相続人の平等を期することは難しい。ことに婚姻している女子のそれは難しい。他方、他の動産、例えば小豆一俵、あるいはダイヤの指輪といった遺産では、これを欲する者もいれば欲しない者もいるといったように、まさにこれを遺産分割の対象として、相続人間の協議に委ねるべきであるが金銭は直ぐにでも役に立つところから、各相続人が均しくほしがるものであり、かつ分割も簡単で、かつ均等にすることも容易である。そこで当然に分割して帰属すると解することは、平等の確保に役に立つはずである。

右にみてきたところから、金銭については、相続と同時に各相続人に分割して帰属すると解すべきである。

民事訴訟法一九八条二項の申立〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例